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Kaori’s blog

女帝天皇ね、ほいほい。


 
写真はサムハラ神社の指輪です。
本家は岡山のど田舎にあり、サザンオールスターズのボーカリストによく似た本家の大黒柱の父の従兄弟と、近所にB'zの稲葉さんの田舎があります。

祖父の話によると、北原白秋のふるさとは、ここからだとかで、本家のおばちゃんは、壷井栄だったか、坪田譲治の子孫で、みんな米国からの帰国子女です。研究室にいました。

さて、サムハラなんて、古いわね、が、口癖の東京から嫁にやってきたナウな母。

なんで小指に指輪してんの?と、ある日言われました。

卒業した時、ピンキーリングを学校で純銀製で作ってもらったのだが、阪神大震災で転がって、無くして、と、大きな言い訳。

なぜ薬指ではないのか?と言われました。
なぜと言われても…。

ある人が薬指に光る指輪を写真に載っけており、羨ましくなって、つけたと。これが本音。

まっ、それは兎も角。






エクセルの問題集が出てきました。

うっかり、もとい、すっかり、忘れております。

マスターまで取りましたが。



六甲八幡神社で、突然話しかけられ、高校の時の女医になった同級生によく似た方から、「後ろ、気がつかれました?」と話しかけられ、後ろを見ると、ハッとした光景。知りませんでした。ありがとうです。

ノーベル平和賞を頂いて、街中が浮き立っているように見えたのは私だけ?

父とそのことで話し合ってました。

日傘に、右隣で鏡の乱反射のような光の光景は珍しいです。地軸が傾いたのかな?


さて、もう一人の高校の女医になった同級生からお茶をやらないかと誘われました。

その友達は表千家なのですが。

実は私裏千家だったりする。

しかも、いま、表とか裏とかいう話以前に、全部の爪がやられていて、お客様にお茶をお渡しする健康的な言い訳ができない状態にいます。

超残念です。

ネットによると、亜鉛不足とか、

だから、たまたま、手に触れた、お茶のお免状を全部広げてみました。

米津玄師のしぐるるやしぐるですね。

しぐるるやしぐるる山分け入るヤシの実しぐるる

見上げた空には何もなかった

なもしらぬとおきしまより流れよるヤシの実ひとつ

祖父の句を思い出しました。

真似っこが好きで(笑)

袖振り合うも他生の縁

ブラウン管の後ろでガタッと音を立てて落としたので、驚きました。

よくぞご無事で。

並べてみると、やはり、雪月花が十八番なのか、ど真ん中に来ました。

雪月花は大層難しいそうで。

雪月花といえば、お手に、お茶碗、お手習、お誘い、など。


いろんなことを思い出します。

台天目に、唐物建、茶通箱に、和巾建、盆建、懐かしいですねー!


御歳何歳におはしますやろか。

宮仕言葉になってしまいました。

嗚呼、なんか、お茶やりたくなってしまった。

教授職狙おうかなと思っていたんですが…。

飲むだけもイイかも。フフフ。

さて、ハロウィーンは、お菓子を子供達に配るお祭りということで。

国別は問いません。

和菓子も一緒。

で、全く関係ないところで、Xを開いていたら、この間の園遊会のお写真がずらり。

暇だったので、後桜町天皇と、明正天皇のWikipediaを読んでました。

京都の梨木神社のお茶会を最後に一切お茶会には参加してないのですが、梨木神社での大茶会に参加するのに、ものすごい努力が必要だと、小学校の頃から上のお姉様方に言われ続けてきました。

なので、理論武装して行ったような。

お暇ではなく、今日ここをお貸しくださいと。

確か、最初、お寺に行って、場所をお借りしたいと願っておりますのですが、と、申しますと、すぐ青蓮院をお勧めしてくださったようで。

後桜町天皇は大恋愛をしたようですな。

多分ですが。

なんか匂う(笑)

りんごを3万個配ったとお聞きしましたが、平成17年あたりは、バナナをどなたか差し入れに置いて行ってくださった方がいらっしゃったようで。

とても嬉しかったのを覚えております。

メールにすぐにお礼をお書き申し上げた覚えが。

後桜町天皇ゆかりだとか、Wikipediaに書いてあって、少しだけ思い出しました。

残念な思い出といえば、お二方いらっしゃった茶道会の青年部のお上司様のおひとかたに、御昇進おめでとうございますと、申し上げるのをうっかり忘れていた点だったでしょうか。

今でも悔やまれます(泣)

紆余曲折いろんなことを経験して、言われたことはきちんとやっておいた方がいいというのが、結構教訓でした。

今後の人生で、気をつけようと思ってます。(泣)

そういえば、お茶の先生のところの門戸を叩いた理由というのが、女帝天皇を奉るやり方を教えてほしいと弟子入りしたような記憶が。

お茶のお稽古の方が大変で本来の目的をうっかりすっかり忘れてしまったのが悔やまれますが。

お茶のお稽古で、お茶をおたて申し上げる時、女帝ってこんな感じかなと思ったのは、(お茶を立てる時は、みんな女主人公なんで)桜の模様の入った竹の支那竹のちっちゃな札を、空の模様のいくつかのものと混ぜて、お茶会で引き合わせ、桜の模様が入った物を引いた人がお茶を立てるという余興があるのですが、私、一回も当たらなくて、指名されて、受けた時、ほんまかな、と思ったんですが。

それくらいかな。

あと、梨木神社で、お運びした時に、懐かしい方々と全員お会いしたのですが、とても良かったという記憶が強かったです。

おすすめです。

あんまり女帝天皇の擁立に役に立っているというネタのブログでもないかもしれませんが。

このネタ、直木賞取ろうかなと思った時に使える(カモ)…。

そういや、京都をウロウロ本当に、ウロウロしていた時に、やたら左京区に住居を構えていたうつけものだったくせに(大学で三年寝太郎とからかわれた覚えがござーる)東寺に、何回も何回も行っていた覚えがあり。

何故だかよくわかりません。

洛南の警察の方と仲良くなりましたが(笑)

吉川英治という、作家がいるのですが、三国志や、宮本武蔵などを書いていて、うちの本家のことを水滸伝に、出てくる桃源郷(浪人どもの集まり)と代々伝わっていたのですが。

祖母の実家の別棟に書斎を借りて宮本武蔵を書いていらしていたそうで。

そこに女の棟梁(天皇)(娘)を立てたければ、東寺へ行け、という大工の息子に言い伝える場面を描かれた大和和紀の漫画、にしむく士があったのですが。

それで、作りを知りたくって、東寺に遊びに行きまくっていたような。

お坊さんたちの専用の給食室も知ったし。

後からWikipediaを見ると、明正天皇由来の東福院が、東寺と書いてありました(驚き)

余談ですが、光る君へは、格別でした。

反田さんの作曲がすごく耳に馴染む。

出だしのまひろの手使いを見ていたのですが、この人、ピアノ弾けんのかな?

最初の小指の動きなど、ピアノ触るなと言われたら、小指だけでも触ろうかなと思う気持ちに似てますよね。

時々、ススキノを駆け巡るまひろを見ると、松尾芭蕉の辞世の句、旅に病んで 夢は枯野を 駆け巡るを思い出します。

そういや、進学校の女子生徒さんが、枯野を彼のと勘違いして、松尾芭蕉は忍者の上に女性説を唱えていた人もいましたな。

ははは。

笑っている場合ではない。

ネタが超しもくって、草っ。

光る君へのオープニングテーマと、内容と、最後の豆知識なみのエンディングの説明を聞いていると、毎回、


福神漬けのペラペラが入っている時に限って、(おっ!)ていうアレに似ています。

大叔父曰く、いい男といい女にたくさん入っているようですが。

別にいい女でもないんですが、今日は入ってましたー。

なた豆というそうです。

歯磨きの代わりかな?

帯刀ともいうそうで。

昔、春宮が立つ時に二本立てていたそうな。
旅のご無事を祈る物だそうで。
篤姫が出典らしいですが。

帯刀といえば、嫁に行く前の娘に男を二人侍従として母親がつけたとか。

お金がない時には本物の刀を二本与えたとか。

何かありそうならこれで自害しなさいという戦国時代の話もあったようですが。

今は平和な時代の話なので。

カレーの福神漬けの帯刀(なた豆)のように美味しいドラマでした。ということで、こちらからご馳走様です(笑)

海軍カレーのお供にどうぞ。

嫁入り道具でカレーは使えると思いますがっ。

(何書いてんだ、私…。ともかく女帝案ね。私は明妃伝でもみよ。やっぱ、女医で、なお且、中医だわ。)

2000年に生まれていない最近の子は知らないと思いますが、当時、キューティハニーの替え歌が流行ってまして、心斎橋の戎橋まで、お稽古の帰りに寄って、お目玉くらいました。

それが原因で女帝天皇伝説論ができたのかもしれないので、大いに私は責任を感じているのですが。なんせ怒られたのが、警察官を経験なさっておられたお友達のお父様で…、戎橋を渡ってきた女医さんもたくさん見たとかで…。

アレから渡ることはありませんでした。

大阪以外の方は知らない人も多いと思いますが。

なんか、大厄に気をつけてと言われたような気がする。

60歳って、還暦なんですが、大厄でもあるとかで。

関西なら、石清水八幡宮、門戸厄神、清荒神にお参りに行くのが通説とかで。

関東なら、神奈川県の「川崎大師 平間寺」、東京都の「西新井大師」、千葉県香取市の「観福寺」ですってね。男の人と聞いておりますが…。

あれもそうだ。琵琶湖の海津大崎寺。おみくじが1番以外、全部大凶か、凶で。男の運試しとか、祖父が言ってましたね。



怖いもの見たさに、気仙沼とか、恐山に行くのも好きという人もいるそうですが。

そんな人には、おすすめなのがシェークスピア。

明正女帝は、「じゃじゃ馬ならし」っぽかったかな?

後桜町女帝は、「空騒ぎ」っぽかったかな?

人生は演技倒しとはよくいうよと思ったのですが…。(ニンニン)

厄年には猫をかぶっていたんでしょうかね?

万年猫という人もいらっしゃいますが(笑)

そういえば、私の将来の夢って、無線を操るハムになることでしたが…。

昔の5階にお住みでいらした方は、無線(ハム)買ったとか、自慢していらして、それを解らない専門主婦のお隣の方は、イズミヤで、ボンレスハムを私も買いました、とか、話を合わせようとしていらして、喧嘩一発触発になりそうなところを、お互いに刃向かったとか、父が仲裁に出て行くわと、夜中に向かったこともありーの。

上に書いてある所業記載はどっちに転んでも、解釈の仕方なんて、ほんと、人の勝手だから、なんぼでも読んで解釈しようにも、同調精神の二人には読めない行の間柄が、あるという話です。Read Between  the lines.英語の上達は早ければ早い方がいいです。行間を読めというのは、小学校2年のうちからやっといた方がよりベター。

なんかの番組の余興で、光る君への編集長大石静さんが、誰かに突っ込まれて、反論していたのが面白おかしく聞こえたのですが。まっ、第三者の立場なんで…。

確か、来年、近松門左衛門や、平賀源内の時代の背景の伏線の蔦屋重三郎でしたね。

春画で、濡れ場が、大層で回っているなと思いましたが、ご時世なんでしょう。着物の友禅染か、なんかをしていらしたおじいさんが、着物の柄に春画を書く仕事を副業にしているため、たくさんの春画をオクラにしまい込んであったのを、何を思ったのか、突然、学費にしようと思って、熊本大学医学部医学科に再入学を72歳の時にしていらしたのですが、医師であった祖父が生前、「おまえ、あの絵、売らんとあかんぜよ。」と、嗜めていたのを、「兄さん、あれだけは売れやしまへん。」というので、「娘だけでも売ってしまいなさい。」というのを、「このヤロウ。」と思って黒電話で聞いていたことがあるのですが、娘の絵の春画のことだったらしいですね。雅子様の懐妊の前後に春画を全部売って、入って科を決める時、眼科にしたらしいのですが、なんでも、春画を見続けると、目が潰れるというのを間に受けたようで。ほんとマニアだと思うんですが…。

前置きが長くなった。

大石静さんが、「最中は、書かないでくださいね。」と、言っていたのを、字幕で見ていたのですが、ルピが付かないですよね…。

もなかって、なんだろうと、本気で思いました。(田舎人)

さて、女帝は、酉年アタリかな(^ω^)


ってことなんでしょうけどね。本来ならば。


あんまり、魑魅魍魎と悪口言われると、本当に私に文句ばかり言いたくなって、本来あるべき姿、漫画を描いて欲しいという願いはそんなにないのかなって。

そんなに私に漫画を描いて欲しくないのかなって思ったりして。

フェイクニュース、中傷、文句、非難ゴーゴー、ミサイル発射、戦争勃発、天災被害、殺人ニュース、ストーカー、こんな感じなんですよ。

大丈夫?と言ってくれる人、ほんと助かる。








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